脱線三国志

横山三国志のあらすじに沿いつつ、脱線しまくりながら三国志を解説します。

乱兆

こんばんは。
陳羅です。


それでは今日もあらすじから。
でも、今からしばらくの間、劉備たちは出てきません。
主人公なのに・・・。


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さて、劉備がお母さんに叱られている頃のことです。


世の中では、
反乱が頻発し、
朱儁と皇甫嵩は将軍を解任され、
十常侍は皇帝に嘘ばかりつき、
肉屋の娘が皇后になり、
その皇后の兄である可進が大将軍になり、
皇帝の側室はその皇后に毒殺され、
それとは関係なく皇帝は病気で死にそうでした。


皇帝は、なぜか皇后の子である劉弁ではなく、毒殺された側室の子である劉協を次代の皇帝にしようとします。
そしてそのために、あろうことか大将軍の可進を殺すことを決意したのでした。


さて、ある日、可進のもとに急ぎ参内せよとの命令が皇帝から下ります。
早速参内しようとする可進でしたが、十常侍が可進を暗殺しようとしていると考えた部下の袁紹に制止されます。
調査の結果、やはり袁紹の思ったとおりでした。
激怒した可進は、大臣と武将たちを全員招集し、十常侍を皆殺しにするために意見を求めます。
これだけたくさんの要人がいる中で、唯一発言したのは曹操だけでしたが、その内容が「十常侍は影響力が大きいから気をつけないと危ない」という至極当たり前の内容だったため、可進に叱られてしまいます。


叱られた曹操が困り顔をしているところに、重大なニュースがもたらされます。
なんと、病気で死にそうだった皇帝が本当に死んでしまったのです。


その後の調査で、十常侍が
①まず、可進を呼び出して殺す。
②次に、皇帝の崩御を発表する。
③最後に、劉協が次代の皇帝となることを決める。
という計画で行動を進めていることを知った可進は、ついに兵を率いて宮中に突入し、十常侍のリーダー蹇碩(けんせき)を殺します。
他の十常侍のメンバーも殺そうと宮中を捜索していた可進でしたが、妹である皇后に懇願されて翻意し、捜索を打ち切ります。
その後、皇后とその兄可進は共謀し、劉弁の皇帝としての地位を確実なものとするため、部下に命じて先代皇帝の母である皇太后を荒野に連れ出して殺させたのでした。


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今回は、可進について。


この人の家系は確かにもともとは食肉処理業を営んでいたようですが、マンガの世界のように、肉屋からいきなり大将軍になったわけではなさそうです。
詳しいことは分かりませんが、妹の力があったとはいえ、官僚として普通に出世コースを歩み、河南尹(首都洛陽周辺の郡クラスの地方単位である河南尹の長官。官名と地名が一致しているのでわかりづらい・・・。)等を経たうえで、黄巾の乱に際して大将軍に任命されます。


この大将軍という地位ですが、軍人としての最高位であり、この当時よく可進のような外戚(皇帝の母方の親戚)の有力者が任命されていたようです。
正確に言えば、任命された当時、可進はまだ皇后の兄というだけで外戚ではありませんが、将来外戚となると目されてはいたのでしょう。
ちなみに、黄巾党との戦争では、皇甫嵩らを従えて全般の戦争指導をしていたのかと思いきや、洛陽周辺の警備をしていただけのようです。
当時は現代のような通信技術もありませんし、日本と違い中国は広大ですから、戦争の指導は現場の将軍に任され、中央からの指示をいちいち仰ぐようなことはなかったのかもしれません。
彼は、劉弁と劉協による皇位争いにおいて物語の中と同様に甥である劉弁を支持し、劉協を支持する宦官らと対立していくことになります。


漫画の中では優柔不断であまりかっこよく描かれていませんが、部下には相当慕われていたようで、ネタバレになりますが、彼が宦官に殺されると彼の部下らは激怒し、ついに兵を率いて宮中に突入するという暴挙にまで踏み切ったほどでした。
(漫画では可進自身があっさりその一線を踏み越えていますが、史実とは異なるようです。)


なぜ、こんな物語的に面白い出来事が語られていないのでしょう。
これは私の意見ですが、多分、その突入した部下というのが、袁術だからでしょう。
彼は、後々、主人公である劉備や曹操と対立し、あろうことか自ら皇帝を名乗り、最後はみじめな死に方をすることになるので、この出来事をかっこよく描いてしまうと、読者の混乱を招くための配慮と思われます。
三国志演義は(明代の)大衆文学であり、わかりやすさが命だったのでしょう。
現代の作家だったら、義侠心あふれる青年将校がダークサイドへと転向していくさまを、ちゃんと表現したのではないでしょうか?

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